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‘作曲’ タグのついている投稿

SuperColliderのネタ探し中

2010年01月17日

Twitterで音楽を奏でる!というのを研究してるんだけど、方向性に行き詰まってsupercollider.jpの過去ログをだらだら見ていたらL-systemの話題があった。otophiliaさんの話題はいつも高度だ。
L-system Base

短い文字列を再帰的に処理して複雑にするという意味では、Twitterから取得できるのは「短い文字列」だから面白いかもしれない。でもこれを耳で聴いて理解するには聴音能力が必要で一般の人には分かりづらいから今回は見送る…
だれでも参加できるというコンセプトのためには、分かりやすい必要がある。しかも、1分くらい遅れて反映されても分かる変化が…色々悩んでいます。

しかし、imoutoid = otophiliaのコードを音にして公開したら需要あるのかな?
ジムノペディのコード・リミックスと、Demand UGenを試してみたコード、ACIDサウンドに挑戦したコードの3つくらいが、かろうじてまだ実行できるみたい。

彼の代名詞とも思ってた実行コード中の変数をぐりぐり変化させるという変態コードのotophiliaNumModifierは、もう今のバージョンのSCでは使えないみたいだし。

Twitterとリアルタイムウェブがもたらす、新しい音楽の可能性の予感

2009年12月14日

かつてJ.ケージはピアニストが1音も奏でないピアノ曲「4分33秒」を作曲した。これは、作曲家が与え、聴衆が受け取る関係を変えようとした試みだと言えると思う。能動的な聴取によって、作曲家が何も為さずとも、そこに音楽は在る。ケージが呈示した「無音」の音楽は、作曲家の存在を後退させてみせた、更に言えば作曲家を殺して見せた、その極北として、歴史に刻み込まれた。しかし、一方では、そのピアノ曲の初演はコンサートホールと言う、音楽を聴取するために作られた、世界から隔絶された空間で行われた。

という調子で語りだすと超・長くなってしまうので大幅に端折るが、とにかくその後、作曲家と聴衆との関係の破壊(もしくは再構築)は、様々な手段によって行われてきた。それこそ、本当にさまざまに。だから、「聴衆が参加する音楽」の可能性は十分検討されてきたし、僕がここで語ろうとしている「世界中の誰でもが参加できる音楽」についても、すでに先行事例はある。浅学のため坂本龍一と岩井俊雄のコラボレーション[1]以外に実例を知らないが、おそらくたくさんあるだろう。ただし、「世界中の誰でもが参加できる音楽」の実現にはあまりにも、技術的な障壁が高すぎた。個人がそのような大それた音楽に手を出すのは、夢のような話であった。

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