GOLD/WHITE/BLACK


2009年2月17日~3月29日に京都国立近代美術館で開催された椿昇展の感想を書きたい。だいぶ前の話になってしまうが、ずっと下書きのまま放置されていたので、この際、書きかけ感には目をつむり、公開することにする。

展示として特筆すべき点は巨大な空間デザインの実験場となっていたことだ。美術館は大きく「兵器工場」と「神殿」の二つの空間に分けられる。
館内に入ってまず驚くのが白い巨大な物体。絶えず空気を送り込まれることでかろうじてその形を保っているぶよぶよとしたその物体はまるで生き物のようだ。しかし歩を進め展示場へと続く階段を上がると、その全体像が見えてくる。重力に逆らって天を衝くその形状。ロケットだ。機体にはNIPPONの文字。H2Aロケットか?美術館のロビーに入りきらないその巨大なロケット型のバルーンは、階段にもたれ掛かるようにだらしなくその身を横たえている。そして、いつもは展示場へと続く階段の先が封印されていることに気づく。なるほど、それで入り口で展示へはエレベーターを使えと案内されたわけだ。

エレベーターで展示場へと上がる時、妙な緊張感がある。普段の展示にはない、厳かな気分。予感とも言うべきか。封印された空間に何が待ち受けているのか。エレベーターを降り展示場に入ると、予感は的中する。照明が抑えられ、壁が黒く塗られた空間。そこに並ぶ巨大な人物像の絵。神殿で我々を見下ろす聖人のように見下ろすその人物達は、しかしイエスの12人の弟子でも古エジプトの神々でもなく、黒人労働者達である。来訪者を混乱させるには十分な仕掛けだ。混乱した頭のまま次の室へ入る。

次の室は神殿の深部へと続く廊下だ。12の金の物体が並び、壁には鉱山の写真。手元の解説を読むと逆バベルとある。入り口の黒人労働者達との連関が見えてくる。

次に狭い通路があり、いよいよ神殿の最深部へと入る。まず目にはいるのが音もなく回転する金色のRADICAL DIALOGUEのエンブレム。そして壁面3面に映し出される映像。犠牲祭の映像ということだが、カメラは人間によって押さえつけられ、喉を割かれる牛を、頸椎に突き立てられるナイフを、頸動脈から吹き出す血液を、ただ淡々と映している。人間が行ったことの結果を、ただ記録し、提示する。何に対して?もちろん、我々に対して。この神殿に礼拝した私に対して、あなたに対して、日本人に対して、世界に対して…3面に映像が映し出されているため、その部屋にいる人は皆同じ方向を見て立っている。声を発する人もいない。その様子はまさに礼拝。ただし、そこに神はいない。我々、しかいない…。

礼拝の間を出ると一転、白い部屋が現れる。宇宙ステーションの絵。パレスチナの壁が再利用されているという。個人的な話で恐縮だが、過去この京都近代美術館で壁をテーマにしたミニ展覧会をやったことがあるので、特別な思いがある部屋となった。やはり壁ほど、人間の心理で作り出される物体も無かろうと思う。

そうして12使徒ならぬ12人の労働者の間へと帰ってくると、ようやく展示の全体像が明らかになる。明示されているわけではないが、擬似礼拝体験が、そこを出た各自の心に影響を与えるだろう。この、どうしようもない世界に還って来るということの意味が。そして、それが他人事ではない、ということが「兵器工場」のNIPPONの文字が表している。弾頭は、我々に向けられ、我々もまたどこかに向けているのだから。

人に何かを説くことはしない。提示してみせるだけだ。それが対話の始まるになることを望んでいるのではないかと思う。

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